かぁちゃんの思い出

すっかり春めいて、梅の花も咲き始めましたね。
地面も春の気配。
今朝は顔見知りの野良ネコさんに挨拶をしました。

そして思い出したのが、実家の近所に住んでいたカラスのかぁちゃんです。

 

ご近所に保護されていたカラス

かぁちゃんの本名は「コウちゃん」だと、後から知りました。飼い主さんが公園を歩いていて、突然、落ちてきたカラスの雛。保護したのが公園だからコウちゃん。そのときにはすでに翼を怪我していて、飛べなかったのだそうです。
かぁちゃん宅の玄関には木の柵を門のように設置していました。

最初はそんなことも知らず、その家の前を通るたびに私は、
「かぁちゃん、おはよう」
とか、
「かぁちゃん、こんにちは」
あるいは、
「かぁちゃん、暑いねえ」
などと声を掛けていました。すると、かぁちゃんが返事をしてくれるようになりました。
「かぁ、かぁ、かぁ、かぁ、かぁ」
と。
そんなときに、男の子とお母さんが通り掛かったことがあり、男の子が
「鳴いてるの、初めて見た!」と言っているのを見たときは、私は密かに得意になったのでした。
他に人がいるときは流石に恥ずかしくて素通りすると、かぁちゃんのほうから、
「かぁ、かぁ、かぁ、かぁ、かぁ」
と声を掛けてきたので、慌てて戻ったり。

写真は、かぁちゃんが道路の方まで出てきたところ。
思わず、
「かぁちゃん、かわいいねえ!」と声を掛けました。
黒くつぶらな瞳。

 

「自分じゃないものと共存しているということが、人間の喜び」

今年の1月26日、友達に誘ってもらい、「この日の学校 森田真生×甲野善紀」というイベントに出席しました。とても楽しかったです。森田真生さん(独立研究者。『数学する身体』は必読)と甲野善紀先生(武術研究者。なんかすごい方)の対談。

その内容ったら、濃くて多くて、私は理解しきれてないです。楽しかったなあ。その中で森田さんがおっしゃった、「自分じゃないものと共存しているということが人間の喜び」という言葉を、急いでメモったのでした。すごく腑に落ちた。

かぁちゃんの近所に住んでいた頃、私は嬉しかったのです。それと同時に、「近所に人間じゃない顔見知りがいるということ」が、なんだかとても心強かったのでした。かわいい、だけではなく、心強い。

この感覚がどこから来るものだったのかは、今も分かりません。