『勇気づけの方法』(野田俊作・著)

数日で読み終わった、この本。創元社、野田俊作「アドラー心理学を語る」というシリーズの4巻目です。1巻目から読んで、とうとう最終巻。

アドラーって、知りませんでした

私はアドラーって、最近の人だと思っていました。まさかフロイト(1856年生まれ)と同時代人だったとは。というかフロイトと一緒に研究していたとは。

私が高校生の頃にフロイトの本を読んで挫折したのは、フロイトに対する例の批判………とまさに同じことを感じたからで、「そんなことまで性的なことが原因か?!」と急速に興味を失ったからです。なのでユングのほうが好き、、と思っていたけれど、アドラー(1870年生まれ)という名を聞いたのは、この数年だったのです。

『嫌われる勇気』という本も、本屋さんで見たことはあったけど、題名に魅力を感じず、未読のまま。

野田俊作先生とは

1948年生まれ。Amazonの内容紹介によると、「日本におけるアドラー心理学の先駆者にして第一人者」だそうです。なるほど、だから私の若いころにはアドラーが知られていなかったんですね。

ふだん私は、差し障りのない限り、尊敬する人しか「先生」という呼称は使いません。今の私の精神科の主治医は間違いなく先生ですが、例えば牧師(って何年も教会に行ってませんが)は、〇〇牧師と呼称しています。

この野田先生とはもちろんお会いしたことはないけれど、この先生のお弟子にあたる名越康文先生の講演(っぽいもの)には行ったことがあり、楽しかったと同時に「うわっ、鋭い」と思ったので、思わず名越先生と呼んでしまう。先生の先生なので、先生です。

文章はとても読みやすくて愉快です。ときどき、笑ってしまいます。そして、「この人、なかなか曲者なのでは?」とも思うのです。

『性格は変えられる』から読むのがおすすめ

アドラー心理学ってどんなもの? と理解するには、やはりシリーズ第1巻『性格は変えられる』から読むのがおすすめです。

性格とは固定的なものではなく、ライフスタイル(一般的な意味ではなく、アドラー心理学特有の意味があるようです)によるもので、実は自分で選び、決めているものなのだ。だから自分で意識的に行動を変えて、生きづらさから脱することもできる………という感じみたいです。

フロイトのように「過去」から「原因」を捜すものではなく、「目的」に着目するようです。目的と言っても、単なる未来志向ではなく、例えば問題行動などにも実は、一見、不合理ながら「目的」がある。それを見つけて適切なアプローチができるように手助けする、という具合。

いろいろと興味深いことが語られていましたが、イメージとしては明るいです。フロイトやユングのように、無意識の闇に分け入るわけれはない。

しかし、説明しようとすればするほど遠のきそうなので、このあたりで。

性格は変えられる (アドラー心理学を語る1) [ 野田 俊作 ]

 

 

『勇気づけの方法』から引用

「勇気づけ」とは、「エンカレッジメント(encouragemant)」、英語から翻訳してこしらえた言葉、だそうです。

褒めるとか元気づけるとは違うようで、ここで語られている「勇気づけ」というものに共感が持てます。本の帯にあるコピーは「くじけない、くじけさせない 上手な自己主張と 個性の伸ばし方」とあります。

問題を起こしている子どもや大人というものは、どんな場合でも、「普通でいる勇気」を失っている。

なるほどー。と納得。

 我々には自分の要求を口に出して言わない権利があります。しかしながら、そのときにはいくつかの責任を引き受けなければなりません。自分の要求を口に出して言わない権利を主張すると、相手にもまた要求を口に出して言わない権利を認めるという責任を引き受けなければなりません
 また、これが問題なんですが、相手に誤解されてしまうという責任を引き受けなければなりません。」(以下、省略。太字は引用者)

けっこう実用的

引用した箇所だけ読むときつそうかもしれませんが、自分の要求を相手に伝える正しいやり方も、(かなり楽しく)具体的に解説されています。

私はたぶん、気が強いのですが、ある種の人たちに対しては自分の要求を口に出せないのです。具体的に言うと、「愚痴を聞いて欲しい人たち」に対して。本当は「疲れたなあ」「面倒だなあ」と思うのに、一生懸命、相手の愚痴の内容への好奇心をかき集め、「この人はどんな言葉を求めているんだろう?」なんて考えるから、「落ち込んだ時だけ連絡してくる友人」が連続してメールしてきていました。LINEの普及によって追い詰められ疲れ果てて、その人との関係が破綻したこともあります。

私は関係が破綻しても困っていないけど、ちゃんと「これ以上は聞けません」というサインを出さなかった私が悪いと思うのです。

この本では、「上手な自己主張」についても語られています。

もちろん、私はいまだパニック障害を若干引きずっていて、もっと自由になりたいと思ってます。それと同時に、身近な人のことも、正しく(押しつけでなく)勇気づけられるといいなあ、と思います。